■本会は、なかそ久勝後援会と称し、主たる事務所を東広島市内におく。
■中曽久勝氏を後援することで東広島市の発展と市民の生活向上を図り、会員相互の親睦を深めることを目的とする。
■会報の発行・講演会の開催等目的の達成のための事業を行う。
■本会の目的に賛同したものをもって会員とし、経費は寄付金その他の収入をもって充て、会費は徴収しない。
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以上、後援会規約(抜粋)
私と中曽久勝君との出会いは20年ほど前になります。
一緒に地域の民生委員の仕事をした時が始まりでした。 その頃の八本松小学校区内の地域の行事は
というと、 ほんの小さなグループ内だけでやっている行事が多く、全体でやっている行事などは有りませんでした。
そういった状況の中、中曽久勝君は八本松小学校区で まちづくり協議会を立ち上げ、みんなで行える行事として 「八本松とんど祭り」、「八本松ふるさと文化祭」を小学校区全体で進め、地域全体の活性化、地域文化の継承に貢献されました。
また、広島市内で起きた児童誘拐事件をきっかけに素早く 「八本松防犯パトロール隊」を 立ち上げ、 ”地域の子供は地域で守ろう” を合言葉に運動し、地域の安全安心なまちづくり を推進しました。「八本松とんど祭り」、「八本松ふるさと文化祭」 を 小学校区全体で進め、地域の安全安心なまちづくりを推進しました。
彼は、決断力・実行力・企画力に優れ、 また周りの人にも真摯に対応し、結果として仲間がどんどん増えていきました。私も共感できる面が多くあったことから、今回この会を 結成するに当り、 「なかそ久勝後援会」の会長を頼まれ、快く引き受けたしだいです。
しかし、まちづくりの今迄の実績は実績として、これからは皆様の意見をもっと反映でき る場に、中曽久勝君を送りだし、より住みよい八本松に仕上げていただく必要があります。 その為には、 皆様一人一人が気を緩めることなく来年の4月には『後援会の組織が出来ていてよかったね』と一緒に喜べるよう頑張ろうではありませんか。
必ず実現し、その暁には、 今まで以上、 もっともっと地域のために頑張っていただくことを中曽久勝君にお願いして、私の応援の言葉とさせて頂きます。
中曽久勝君とは、生まれ育った地域が同じで、幼いころからよく知っている仲です。
清水川神社大祭で子ども相撲を取ったことも記憶の片隅にあります。 学年も異なり、
中学・高校も違っていたので、一旦は疎遠となっていました。
私が八本松小学校のPTA会長から八本松中学校のPTA会長 へ代わるとき、 後任として、 八本松小学校のPTA会長を彼が 快く引き受けてくれました。彼は、何もPTA役員の経験がなくいきなり会長となったので、解らないことは私によく尋ねてきました。
ある日、「桃井校長先生(*当時の八本松小学校長)と尾和食堂(*当時、八本松駅前にあった飲食店)で一杯やっていたら
『あなたは何か PTAとしてやりたいこと、ありますか? 』と聞かれたので
『前はどの地域でもやっていた"とんど"、ほとんどの 地域でできなくなったので、
それを子供たちに体験させたい』と、答えたところ
『是非やってくださ い』って言われたのたのでどうしましょうか?」
と難題を投げかけてきました。
今でもそうですがPTAは、母親が中心となっている組織です。男手がいる"とんど"は、未経験のことです。 まあ、できないこともな いかと高を括り、準備から当日まで、少人数の 父親だけで心底ヘトヘトになるまで、頑張り ました。
子どもたちも初めて見る"とんど"に、歓声を上げて喜ん でくれました。
ここからが、彼のすごいところで、『こんなにシンドイことはもうできん。 【 八本松おやじの会】 創って、おやじを集めるから手伝って。』と言い出 し、それを実現しました。
これから 17年、 中曽久勝君とは盟友として過ごし、今でも下組自治会協議会役員会で月1回は必ず 顔を合わせ、 地域行事でも頻繁に一緒になります。 そしてこの後は、私の後任として市政に携わる決意をされまして。
自信をもって推薦します。 中曽久勝君は、必ず、地域のため、そして東広島市のため、役立つ人物です!
祖母が八本松町会議員をされていた家庭に育った久勝君は、スポーツが得意で部活では 仲間の世話役とチームを牽引するリーダーをされていたと、 生前のお母さんからよく聞いて いました。
お父さんの後を受け高屋町小谷郵便局の局長をされながら地元八本松では小学 ・中学校のPTA会長を受けられ、未来を担う子ども達に、ふるさと八本松の伝統文化を したいとの思いから、今も継承されている 「とんどまつり」 を小学校の行事として復活さ せることに仲間とともに尽力されました。
また、小学校単位の住民自治協議会への指針が市から 示されたとき、 手探り状態だった地域の中で、 当時 郵便局長として職務につかれていましたが、市役所の 担当課に何度も足を運び、 相談を重ね、 八本松住民自 治協議会発足に重要な働きをしてくれたのも中久勝 君でした。
二足の草鞋を踏み堪える彼の不屈の精神は 多くの仲間から信頼され初代住民自治協議会会長に抜擢された事も記憶に新しいことです。 そんな中曽久勝君を応援してみませんか?
昭和59年1月22日西条の平安閣で結婚式をあげ、それから38 年夫婦として
暮らしています。
今でいう「イクメン」 では、ありません でしたが家族を思う気持ちで、
地域の方々と接しさせていただいていた のだろうと思えるようになったのは、 子ども達が大きくなった時でしょ うか。
今では孫たちも小中学生になり、 自分の祖父が歩いてきた時間を 知るに
つけ『じぃじすごいね~!』って言うようになりました。
何事も なすことは大変ですが、それが花開いた時の喜びはきっと大きいものな のだろうと彼の人生を側で見てそう思います。 今また大きな夢に向け進 み始めた彼はきっと 「ちむどんどん」 していることでしょう。